宝島社から刊行された『はじめてのZINE』というムック本についての見解、まとめておきます。最近はSNSをほとんど見ていないので誰がなにを言っているのかとか具体的なことは把握していないし、把握していたとしてもそれら個々への言及ではないです(そういうことから始まる敵対関係のようなものが嫌だからSNSでの発信を控えているとも言える)。個々への言及ではなく、出版業界全体としての意識の問題という感じでしょうか。とりあえず一言で表すなら、ZINEや同人誌のカルチャー(=論理や倫理)に商業出版が土足で踏み込み続けてきたことの、ひとつの到達点のような気がしています。
まず、とにかく踏まえておきたいのは、この両者はカルチャー(=論理や倫理)が違うということです。厳密に言えばZINEと同人誌も違うのですが、いったんここでは同一物として扱います。論点になっているのは大雑把にいうと「無断掲載(内容紹介)」「著作権侵害(無許可書影利用)」の2点かと思いますが、これらは商業出版のカルチャーからすると暗黙のルールとして事後承諾的にOKとされていることがほとんどです。商業出版は「売れること」が第一義(であるとは言い切れないが基本的にはそう考えてよいもの)であるため、自社以外の媒体で紹介されることや書影が使われることは「宣伝」「販促」の一環として捉えることが多いです。(*版元ドットコムという版元組合では書影の利用許可を出版社に求める取り組みをしています)
ただ、ZINEや同人誌の場合はそうとは言い切れません。その中には「売れること」を第一義としないばかりか、「たくさん売れたら困る=人目につきすぎては困る」ものもあるからです。商業出版の論理が自明のものになっていると気がつきにくくなりますが、インディペンデントな制作物は「たくさん売れること」と「自らの主張を世に放つこと」がイコールで結びつかない、あるいは結びつけてはならないものであることもままあります。わかりやすく例を出すと、なんらかの被害への告発を伴うもの、制作者自身のマイノリティ性をテーマにするものなどは、「世に放ちたいが、その主張が届く範囲は可能な限りコントロールしておきたい」というような、丁寧に扱うべき目的と状況を抱えていることもあります(多数に届きすぎると個人を特定される可能性も高まるのでそれは避けたい、など)。この場合、書影が表紙に使われることはその危険性を高めますし、制作者の意図とは異なった形で紹介されることによるリスクも取り返しがつかないものになる可能性が高まります。そもそも掲載していいのか、掲載するとしたらこのような形でいいのか、確認をとる必要性が商業出版物に比べると明らかに高い。つまり、ここで私が危惧しているのは著作権の問題ではなく、制作者の意図を適切に反映させられるかどうかという問題です。
もちろん同様の可能性および危険性は商業出版にもあります。ただ、ここでもうひとつ論点が加わります。これは少し著作権的なものとも関わってきますが、あくまでもメンタリティや制作手法の話であって、法律的な話ではありません。これもまず端的に書きますが、一般的に商業出版物は「会社の持ち物」になるのに対して、ZINE・同人誌は「制作者個人の持ち物」であり続ける、ということがポイントになってきます。
もう一度書きますが、法律=権利の問題というより、気持ちと制作手法の問題です。法律=権利の問題で話すならば、私は「書影利用に許可を求める=許可必須にする」という動きにつながることは避けたいスタンスを持っています。ただ、その話=商業出版の論理と倫理を別のカルチャーに適用すべきではない、という話をしたくてこれを書いています。大事なことだから何度でも書く。
今回の件が「無断使用けしからん」という話になる(なりがちな)のは、ZINE・同人誌という「個人制作物」が素材として使われているからです。商業出版物の場合、もちろん最終的な権利の帰属は著者にありますが、その権利を「いったん出版社に預ける」ことで商業出版物として流通させ(流通と販売の仕事を肩代わりしてもらい)、できるだけたくさんの人に届けることを目的とすることに著者は同意している、ということになります。ゆえに、書影利用や書評での紹介に関する問い合わせも、著者ではなく出版社を通して行うことになります。つまり、著作権侵害が親告罪であることとも繋がりますが、基本的に出版社は「訊かれればOKを出す(けど毎回毎回訊かれるのも面倒だから訊かれてないものもOKにしてる)」という対応をとってきています。しかし、これが著者=制作責任者=流通販売責任者となることがほとんどのZINE・同人誌においては、上記における出版社の役割(問い合わせがあれば確認してOK出すし、問い合わせがなくても掲載内容に問題がなければスルーする)を著者本人が行うことになります。ゆえに「なぜ許可どりの連絡がないのか」という不信感が強くなるわけです。
これは気持ちの問題でしかないとも言えます。しかし、ZINE・同人誌というカルチャーにおいてはこの「気持ちの問題」こそが第一義になることもおおいにあります。「販促になるからいいでしょ」という商業出版の論理は二の次になる。これは「作品」として捉える感覚の強弱にズレがあることも影響しているかもしれません。「販売物」としてものを作ったのか、まずなによりも「作品」としてこの世界に生み落としたものを販売しているのか、その違いです。だからこそ、前者の感覚を強く持つ者は「販促効果」を問題にし、後者の感覚を強く持つ者は「権利」を問題にするわけです。もちろん「商業出版=販売物」「ZINE・同人誌=作品」ときっぱりわけられるものではないのだけども。
なお、出版社が無許可の書影利用に慎重になる(不許可を出す)場合もあります。たとえばコミックの表紙などは海賊版に容易に悪用されてしまうものなので、出版社は常に警戒しています。これは確実に利益を侵害しているし、商業出版の論理として容認できることではありません。また、芸能人が表紙に写っている雑誌なども「肖像権」の問題が関わってくるので気をつけてください(Amazonなどで人物部分がグレーになっているのはそのためです)。
あらためてまとめますが、今回の件は権利の問題であると同時に気持ちの問題でもあり、どっちかを優先してもう片方は却下すべきというような問題ではないと考えています。だからこそ、商業出版の論理と倫理をZINE・同人誌のそれにむやみに適用して「問題ない」と考えてしまったことを、私は問題としています。「自分の作品」という感覚を強く持っているということを前提として対応すべき物/者に対して、「(基本的には“会社”の持ちものとなる)販売物(を作った者)」として接してしまった。このギャップに問題があり、ギャップが生じた原因には「商業出版(の論理)のほうが偉い」というような傲慢さもあったのだろうと思います。たくさん売れるのが正しい、売れたほうがうれしいでしょ、という価値観を自明のこととして疑わなかったこと。出版社として、そして本屋としても、自戒すべき事象だと考えています。
最後に読者に対してですが、買った本や読んだ本を書影(写真)付きで紹介するのを控える必要はないです(肖像権だけ気をつけてね!)。少なくとも商業出版物においては、何度も言うようにそれは「販促」になるので基本的にありがたいですし、なによりも「買ってくれた」「読んでくれた」ということがわかるので作り手はうれしいです。もちろん、古本で買ったとか図書館で読んだとかも個人的には歓迎です。こんな社会状況で、新刊でしか本を買うことを許されない空気を作るのは本屋lighthouseとしては容認できないので。
悲しいことに、書影問題が発生すると毎回「真面目な読者が書影利用を控える」ということばかり起きてしまい、そもそも制作者(この場合多くは出版社や商業出版物の著者)が「許可とらんでええのに〜」としているものすら「使うのやめとこう」になってしまっている気がします。書影・書誌情報を使う際に慎重に行動すべきなのは制作・販売側であって、読者ではないです。そして!書影利用にストップをかけているのは基本的に「海賊版」とか作ってる者ら(つまり利益を直接的に侵害していることが明白な存在)に対する対策であって、ただただ「この本おもしろかった!(入手できてうれしい!)」というよろこびを表明している読者に対する牽制になってしまっては、元も子もないのでございます!
まだまだ書きたいことはあるけど、これは新刊チェック&お知らせのメルマガなのでした!終わり〜。(「商業出版=出版業界」と「ZINE・同人誌」の関係性については考えなくてはならないことがたくさんあるので、いずれまた……)
新刊チェック(25/10/12-18に刊行予定の本) *入荷は少し遅れます
みすず書房
無数の言語、無数の世界
9784622097778
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784622097778
“「左右」にあたる言葉がなく「上り坂・下り坂」で位置を示す人々、存在しないとされてきた「匂いの抽象語」をもつ人々、時間を過去・現在・未来の3種ではなく8種に分ける人々、発話中に空の一角を指して時刻を語る人々……”。『みんなが手話で話した島 文庫』『言語が違えば、世界も違って見えるわけ 文庫』なんかが思い浮かんだ気になる1冊。同著者の『数の発明』も気になるので仕入れておきます。それと、10月中にはみすず書房フェアみたいなのをやります〜。
晶文社
カウンセラーの選びかた
9784794980229
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794980229
“よいカウンセラーを選び、成果の出る関係を築くには? シミントン先生は、ちょっと厳しいけれど、本当のことを教えてくれる。よい/わるいカウンセラーを見抜くためのチェック項目から、セッションにおいて注意すべきこと、カウンセリングの効果を測る基準まで、心理療法の権威がユーザーのために書き下ろした、忖度なしの直球ガイド”。病院/カウンセリングに行って疲弊する、というよく考えたら意味わからん現象……を少しでも減らすための1冊。『相談するってむずかしい』とか、ちょっと変化球で『文学カウンセリング入門』とか併読してみたい。
柏書房
まちは言葉でできている
9784760156474
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784760156474
“「まちづくり」に関わるようになって約20年、現場で味わった絶望と反省を、各地で受け取った希望を、忘れないために記録する。ごくふつうの生活者たちに捧げる抵抗の随筆集”。先週の新刊チェックで『大邱の敵産家屋』について触れたんですが、今週も関連書というか直球で触れている本が出てきました。きっとこれはなにかの縁。予約受付中。
講談社
太陽諸島 文庫
9784065412237
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784065412237
“『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』に続くサーガ、ついに完結”ということで、3巻目も文庫に……。単行本もかっこいいから揃えるの迷うよね。読みたいと思いながら過ごしたこの日々にも終止符を打つときが来たかもしれない。1巻目の内容を思い出すために読み返すところから……。『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』も文庫が店頭在庫ありです。
講談社
無機的な恋人たち
9784065219454
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784065219454
”人間と動物の性愛を描く『聖なるズー』で鮮烈なデビューを果たしたノンフィクションライター・濱野ちひろ。待望の書き下ろしノンフィクションとなる今作のテーマは、「人と無機物のセックス」。人は「人以外」と愛し合うことはできるのか?セックスロボットが普及すると人々のセックス観はどう変わるのか?”。禁断の、みたいな形容詞とともにセクシュアルな話を展開されるのにはうんざりなので、そういう読み方には気をつけつつ、同時性愛の対象を向ける相手への加害可能性みたいなものにも意識的になりつつ……という難しい話だと思います、本来は。『聖なるズー』はまだ読んでないんだけど、以上の観点から「クィア」と「種差別」に関する本とあわせて読んでおきたい気がします。
シュークリーム
SUGAR GIRL
9784910526928
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784910526928
“人が死んだり、死ななかったりーー死とSF世界があなたの脳を揺らす鮮烈短編集”。ということでヤマシタトモコの本が出るぞ〜。出版社はシュークリーム、なので祥伝社から出るのか自社からなのか……要確認ですね。
筑摩書房
エメ・セゼール
9784480018342
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784480018342
“ネグリチュード運動を牽引し、植民地主義を批判した現代フランス領カリブにおける最重要知識人セゼール。その知的全貌を明らかにする日本における初めての評伝”。『帰郷ノート/植民地主義論』はもちろん、中村達『君たちの記念碑はどこにある? カリブ海の〈記憶の詩学〉』フェアが完全に関連書だらけだ!(フェアの様子はこちらに掲載されてます)
創元社
絶滅の発見
9784422430690
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784422430690
“生物は進化の歴史のなかで5度の大量絶滅を経験してきた。そして私たちは現在、第6の大量絶滅のただなかにいる。本書ではドードーの絶滅、化石の研究やダーウィンの進化論、化石記録の空白による大量絶滅の発見など、具体例を通して人類が「絶滅」をどのように発見し、理解を深めてきたか、科学の歴史を紐解きながら解説する。過去の絶滅から学び、その知識を地球の現在と未来のためにどう生かすか、今から考えるヒントになる書”。大事な本だ……。『消えゆく動物たちが教えてくれたこと』『生き物の死なせ方 共生・共存からはみ出した生物たちの社会学』あたりが関連書でしょうか。
みすず書房
FINE 聞いてみたら想像以上に人それぞれだったジェンダーとかの話
9784622098102
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784622098102
“自身も性や身体への違和感に悩んだ著者が、さまざまな性自認、性的指向をもつ市井の人々56人にインタビューし、その語りをマンガでいきいきと再現。各人各様のジェンダーと生き方の関係に魅了されつつ、新たな語りへの動機と勇気を刺激される、傑作ノンフィクション・コミック”。タイトルに「トランスジェンダー」「ノンバイナリー」「アセクシュアル」とか具体的なものが書いてあるのも大事だけど、逆に具体性がない本のほうが意味を持つ人もいるので、期待の1冊です。予約受付中。
今週のお知らせコーナー
の前に、今週もバリューブックス運営の「本チャンネル」での新規インタビューの宣伝をば。26日(金)18時の公開です。
「正しい歴史修正」とはなにか?——『歴史修正ミュージアム』著者・小森真樹さん インタビュー
本も予約受付中。11月24日(月・祝)には著者登壇イベントも計画中。詳細決まり次第お知らせします。
①定期読書会&イベント関連のお知らせ
・10月18日(土)16時〜18時 高橋くん読書会 *曜日と時間がふだんと違います!
→今回の課題テーマは「おもしろい小説」とのこと。なお、高橋くんは兒 余『九龍城砦1 囲城』(早川書房)を買っていきました。特に申し込みは不要です。自由参加。ツイキャスでも流します。zoom参加希望者はbooks.lighthouse@gmail.comまで連絡ください。
・『物語とトラウマ』ゆる読書会はいったん終了。一度別のワークショップ的なものを挟んでから、別のテーマで読書会をスタート予定です。
・Blakeさん主催のおしゃべりイベント「食べるを駄弁(だべ)る」
→次回開催日調整中。参加費500円。当日現金払い。詳細はこちらから。
・日程調整中 マリーンズの試合を奥の部屋で観る会
→自由参加です。飲食物の持ち込みも歓迎。ただただ野球を観るだけ。
②〈特別イベント関連〉
・〈新規店内イベント〉2025年10月13日(月・祝)と19日(日)スナック社会科✕本屋lighthouseでレイシズムと差別を考える一週間を開催します。13日はトークイベント、スナック社会科vol.13「改めて反レイシズムについて梁英聖さんと考える」。19日は映画『不安の正体 精神障害者グループホームと地域』上映会です。詳細はこちらから。
・〈店内イベント〉2025年10月26日(日)14時〜16時 「スロー・ルッキング」ワークショップ第1回
→シャリー・ティシュマン『スロー・ルッキング よく見るためのレッスン』(東京大学出版会)を題材にしたワークショップで、全3回の予定。端的にまとめると、よく見て書く。講師は“せっかちで、ホラー映画とプロレスを同時に再生しながら本を読んだりするので、碌にものを見ていない”柿内正午。詳細はこちらから。
③読書のSNS&記録アプリ「Reads」のアカウントも取得、運用しています。個人的に読んでいる本を中心に紹介、ただただ楽しくやっております。ウェブストアでは「最近Readsで紹介した本」カテゴリも作りました。現状iOSのみですが、Androidにも対応予定とのこと。見るだけならウェブブラウザでもできるので、ぜひチェックしてみてください→本屋lighthouseのページ
④ウェブストアを移転しました。新ストアはこちらです。旧ストアは完全に停止しています。TシャツなどのグッズはSUZURIで販売中です。
⑤ブルースカイのアカウントを開設していました。mixi2も。なお、Twitterの運用はほぼ終了しました。緊急連絡やDM利用などは続けます。あと、Twitterでしか告知ができない/していないアカウントに関わる告知なども、当面の間は続けます。通常のお知らせ系はほかSNSにて同時並行的におこないますので、ご都合よろしいものでチェックしてください。各種リンクはこちらにまとまっていますので、よーちぇけらー٩( ᐛ )و
⑥2024年5月より営業時間を変更しました。土日祝日はこれまでどおり12時〜19時での営業ですが、平日の営業時間を14時〜21時に変更。いままでより2時間後ろにずらします。会社帰りにも寄りやすくなると思うので、ぜひ帰り道に……。